ほとんどの日本人が触れようとしない・・・原発被曝労働者救済

いい記事です。

KOHGEE.CLEMA 小さなお庭

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French people…
I am against the nuclear power plant of Japan.

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平井憲夫氏 (元原発技術者 1939年 – 1997年1月没)
2011年3月11日福島第一原発事故が起きる十数年前から原発の危険性を訴え続けた方です。
平井氏の発言に対して反論する日本人も存在します。反論のほとんどが「言葉づかい」と「譬え、表現が適切ではない」というものです。確かにそれにあたる発言が無いとは断言できませんが、すべての原発施設で起きているとは受け取らずに、平井氏が関わった原発施設での体験談として受け止めればよろしいのかと思います。
20年ほど原発推進側で働き、その後原発に疑問を感じて退職して被曝する労働者の救済の為に「原発被曝労働者救済センター」を設立しています。

世界各国の原発から毎日のように微量と言われる放射性物質が漏れ続けていますので、日本だけではなく欧米諸国の科学者、医者の中には、「人類に癌が増え続けている最大の要因は原発による放射能汚染」が原因だと研究発表する人々がいます。

平井氏講演会の文字おこしのツイートを張り付けましたのでご覧ください。動画の下にあります。

講演会の動画がUPされています。長い動画なのでお暇なときにでもご覧ください。
【当botは、1994~1996年当時の平井憲夫氏のyoutube等にアップされた講演内容及び文書(所謂平井文書)を文字におこしたものです。15年前のものであり内容が現在の状況と異なる点もあり得ますので、ご留意いただければと思います。】

お時間が無い場合は後半の1時間10分から視聴ください。

平井憲夫氏プロフィール
岡山県倉敷市生まれ。石油化学プラント建設会社に入社し、千代田化工建設、日立製作所グループの吉田溶接工業、東京電力福島第一、第二、中部電力浜岡、日本原電敦賀、同東海など、沸騰水型原発の建設、定期検査における配管工事の監督を20年以上原発で勤めた。
1988年退社後、1990年「原発被曝労働者救済センター」を設立、代表として原発工事で被曝する労働者の救済にあたりながら、全国で講演活動を繰り広げた。
各原発建設現場の実態を法廷で証言する。(本人の証言から)長年の内部被ばくで癌を発症し58歳で死去。 wikipedia引用

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