姜尚中「脱原発は叫ばれても、日米原子力協定の自動延長の議論は活発とは言えない」 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

日米原子力協定が自動延長されました。この協定が初めて結ばれたのは1955年です。ちょうどこの年は、再統一された社会党と、保守合同による自由民主党を中心とする55年体制の成立と重なっています。日米原子力協定が戦後日本の政治体制の枠組みが出来上がる年と一致するのは偶然でしょうか。原子力の「平和利用」は被爆国という未曽有の存在に対する米国側の特別な配慮で、日本からすると恩恵でした。それが88年に改定されて、今日に至っています。

情報源: 姜尚中「脱原発は叫ばれても、日米原子力協定の自動延長の議論は活発とは言えない」 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください