潮来の伊太郎 ちょっと見なれば~・・ ほら あの橋幸夫ですよ。

潮来の伊太郎 ちょっと見なれば~・・

ほら あの橋幸夫ですよ。
「いつでも夢を」「赤いブラウス」など数々のヒット曲を出した。
 御三家スターとも騒がれました。
作詞、佐伯孝夫さん 作曲、吉田正さんが多かったですよね。
幼少の時から橋幸夫の歌が好きでした・・・

戦後の貧困から、歌に励まされて・・経済高度成長したのかな?

歌は好きじゃなかった、早くやめたかった、そうです。
男に襲われ軍刀で・・小指に後遺症も。
母の思いに応えなかったことが認知症の発症になったので

はとの葛藤もあったと_・・

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昭和20年代か30年代のなつかしい思い出、人さらい、「鉄人28号、麦ふみ・・・

あれは~ 昭和20年代か~30年代だったかな~ 
漫画が好きでしてね、貸本屋で借りてましたよ。
少年倶楽部、少年、少年画報、漫画少年、少女、少女クラブ、少女の友、少女サロン
鉄人28号、横山光輝が書いてましたかな? 
シンデレラ、白雪姫、ピノキオ、黄金バットも読みましたこれは紙芝居でも映画でもありましたね。
田舎だから巡回映画が農家の庭でやってました。
昼は音楽鳴らして宣伝カーがゆっくり廻る・・ 夕方から音楽がラッパのスピーカから流れる・・
これ聴いててもう・・農家だったから一緒に野良で麦ふみの手伝いしてても頭は映画のことばかり・・
「少年探偵団」見ました・・暗くなるまで探偵ごっこして遊びまわりました。
宿題なんてしたこと無かった・・これ周りの子に自慢していた?
真面目に見られると・・嫌われていた・・親にも迷惑かけて・・夜遅くまで遊びまわり・・
あまり遅いと・・人さらいがいて、さらわれた子供はサーカスに売られるぞ! 早く帰れって叱られてましたよ・・・ 
あれはホントにサーカスに売られた子供いたのでしょうかね?  
今のサーカス屋さん 怒らないでね子供のころの話だから・・
 
日光写真なんてありましたよね。 
ガラス板をつけたタバコの大きさ・・それより少し大きいか? 
その箱のガラス板の下に ネガて黒い紙置いて下に露光紙をセットして日光にさらしておく・・
この時間が早いと薄い写真?が、遅れると黒?青インク色一面になり絵が見えなくなってましたよ。
成人して本物の写真を現像したとき・・あぁ日光写真と同じだと思いましたよ。
下の5つも押して見てやってください。
若かりし日の思い出をコメントで聞かせてくださいね。