民主主義、少数派に 豊かさ描けず危機増幅 パクスなき世界 自由のパラドックス(1)

ジジイがあれこれ考えた

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『民主主義が衰えている。約30年前、旧ソ連との冷戦に勝利した米国は自国第一に傾き、自由と民主主義の旗手の座を退いた。かつて自由を希求した国が強権体制に転じる矛盾も広がる。古代ローマで「パクス」と呼ばれた平和と秩序の女神は消えた。人類が多くの犠牲を払って得た価値は色あせるのか。あなたにとって民主主義は守るに値しませんか――。

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「一部の加盟国で司法の独立に深刻な懸念が生じている」。欧州連合(EU)欧州委員会は9月末にまとめた「法の支配」に関する初の報告書で、ハンガリーにとりわけ厳しい視線を向けた。

同国のビクトル・オルバン首相は「民主主義は自由主義でなければならないという教義は崩れた」と公言する。2010年の政権発足以来、憲法など重要法の改正を重ね、政権寄りの裁判官を増やして権力をけん制する司法の役割を封じた。

力の源は議会の3分の2を握る政権与党の議席にある。冷戦時の共産主義から民主主義に転換し04年にEUに加盟したが、今もハンガリーの賃金水準はEU平均の3分の1。人口は30年間で7%減った。「民主化すれば豊かになれる」という夢はかなっていない。

民主主義を揺らすのは低成長と富の集中だ。1980年代に3%を超えた世界経済の平均成長率は2010~20年に2%台前半に沈み、トップ1%の所得シェアは80年代の16%から21%に高まった。難民、EU本部、自由主義。オルバン氏は次々と「敵」を攻撃し、行き場のない不満をためこむ人々の支持を集めた。

より自由になった市民が無力を味わう自由民主主義のパラドックス(矛盾)――。ブルガリア出身の政治学者イワン・クラステフ氏は中欧の難局を著書でこう表現した。冷戦時に民主化を求めたポーランドも強硬右派政権が2月、裁判官が政府の改革に異を唱えるのを禁じる法律を作った。

危機は世界を覆う。スウェーデンの調査機関V-Demによると、19年に民主主義国・地域は世界に87。非民主主義は92で、民主主義が18年ぶりに非民主主義の勢力を下回った。18年にハンガリーやアルバニア、19年にフィリピンなどが非民主主義に逆戻りした。20年に民主国家に暮らす人は世界の46%と、旧ソ連が崩壊した1991年以来の水準に沈む。非民主国家が世界の多数派だ。

選挙で選ばれた政権が民主主義を壊す悪夢は約90年前も見た。当時最も進んだ民主憲法を擁したドイツは第1次大戦の賠償や世界恐慌で疲弊し、ヒトラー率いるナチスの全体主義を選んだ。民主主義と自由主義経済の繁栄。20世紀の共通の価値軸「パクス」を守るべき大国も土台がぐらつく。

11月3日、建国以来59回目の大統領選挙に臨む米国。大票田テキサス州で与党・共和党のアボット知事は10月上旬、唐突に不在者投票の受付場所を自治体ごとに1つに集約するよう命じた。野党・民主党は高齢者らが投票しにくくなると反発し、法廷闘争が続く。

新型コロナウイルスを理由とした選挙規則の変更を巡る訴訟は全米で350件を超える。トランプ大統領は民主党候補のバイデン前副大統領に敗れた場合の平和的な政権移行すら確約しない。

民主主義の動揺を強権国家は見逃さない。中国の習近平(シー・ジンピン)指導部は新疆ウイグル自治区などで少数民族の同化政策を強力に進める。香港政府は3月に5人以上の集会を禁じ、コロナを理由に抗議活動を禁止した。9月に予定していた立法会(議会)選挙も1年延期した。

ベラルーシのルカシェンコ大統領は9月、予告なしに6期目の就任式を強行した。夏の大統領選での不正への抗議デモが続くが、欧米の関心の低さを見透かす。ロシアは15億ドル(約1600億円)の支援融資を申し入れ、影響力拡大を狙う。

社会学者ラルフ・ダーレンドルフは23年前、「21世紀が権威(強権)主義の世紀にならないと言い切れない」と記した。希望はないのか。

政権の意向に縛られない新たなメディアの創設を決意したハンガリーのベロニカ・ムンクさん(撮影=Janos Bodey)
再びハンガリー。ベロニカ・ムンクさんは10月、仲間とニュースサイト「テレックス」を開設した。同国最大手ネットメディアの副編集長を7月に辞めた。政権に近い実業家が経営に介入し、編集長を解任したからだ。「独立は自らの足で立つことでしか得られない」。新サイトは主に寄付金と購読料で運営する。

法の支配や言論の自由を常に磨く。誰にも縛られない発想を育む礎は誰かが守ってくれるわけではない。米フーバー研究所シニア・フェローのラリー・ダイアモンド氏は「民主主義を改革する新たな時代を」と訴える。未来を守るカギは私たち一人ひとりの手にある。

キーワード「米中新冷戦」

 貿易、金融、技術、軍事――。米国と中国はあらゆる分野で覇権を競い、対立している。中国が一党独裁の強権体制に一段と傾くにつれ、米国とソ連の冷戦になぞらえて「新冷戦」と呼ぶことが増えた。では世界がこのまま民主主義と自由という価値観を巡って二分されるのかといえば、冷戦時と異なる点も多い。

 トランプ米政権が中国共産党を「全体主義」(ポンペオ国務長官)と非難し、米中対立は価値観闘争の色彩も帯びる。ただ米国の資本主義とソ連の共産主義のイデオロギー対立が世界を分断した冷戦と違い、世界1、2位の経済大国である米中の相互依存は深い。

 戦後世界を東西に分断した冷戦時代、米ソ間の経済交流はほぼなかった。2019年の米国の貿易額のうち中国向けは13%を占める。中国は共産党の一党支配でありながら経済は実質的に資本主義だ。01年に世界貿易機関(WTO)に加盟し、グローバル化の恩恵を受けて経済発展した。米中の経済関係や国際供給網は深く複雑に結びつく。

 米中対立を「冷戦」と呼ぶことに疑問の声もある。それでも超大国・米国に迫り、米主導の国際秩序に挑む中国という構図が「新冷戦」のイメージとなっている。12年に発足した習近平(シー・ジンピン)指導部は広域経済圏構想「一帯一路」や「中国製造2025」といった長期戦略を打ち出し、米国の中国への警戒感を一気に高めた。

 中国による高度な市民監視システムの輸出も「世界に自由で民主的な社会が根付くことを望んできた米国外交の基本と衝突した」(佐橋亮東大准教授)。米国は通信網など機微に触れる分野から中国企業の締め出しに動く。

 多くの専門家は、中国には米国に代わって世界の覇権国になる意図も能力も今のところないとみる。米国からみれば自国の利益を中国に日々削り取られているのが現状だ。相互不信が高まり、偶発的な軍事衝突が起きる恐れもくすぶる。

 中国は一党支配体制を守るために欧米中心の自由や民主主義という価値観とは一線を画し、香港などで統制を強めている。一方の米国は大統領選を控えて国内各地で暴力衝突が起き、国際社会を主導する力は衰えた。

 冷戦研究の第一人者である米エール大のオッド・アルネ・ウェスタッド教授は覇権を争う2国が長く併存した例に古代ギリシャのアテネとスパルタ、16世紀のイングランドとスペインなどを挙げ、米ソ冷戦以外は最終的に全面戦争に至ったという。米中の争覇は21世紀の世界だけでなく、自由と民主主義の未来にも大きな影響をおよぼす。』

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